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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)2859号 判決

原告 日新運輸倉庫株式会社

右代表 筒井佐太郎

右代理人 阪埜淳吉

〈外一名〉

被告 駒井藤平

右代理人 江村高行

〈外一名〉

主文

被告は原告に対し金百四十万円及びこれに対する昭和二十八年五月五日以降完済までの年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告が金三十万円の担保を供すれば確定前に執行できる。

理由

一、証人大野正二、香山俊、田中静一の各証言によると、原告会社は昭和二十七年春頃から事業拡張のため多額の資金を必要とするため、かねて知合であつた栗栖赳夫に融資の斡旋を依頼してあつたところ、同年七月十三日栗栖から融資希望者であることをきき同月十五日までの間同人と打合せの結果、外国商社から金三千万円を日歩三銭五厘、期間は六十日、但し手形書換により一年間位継続借受けられる旨を伝えられ、且つ栗栖から、金額五百万円の約束手形六枚を栗栖の政治上の友人である被告方に持参すれば同所において貸主から手形引換に現金を交付される旨の指示を受けたので、香山、田中は同月十六日受取人欄を空白にした約束手形六枚(成立に争のない甲第二号証の一乃至六)を持参して被告方に行つたことが認められる。

二、証人村田徳治、栗栖赳夫の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すると、訴外村田徳治はかつて福井県下において繊維及び土木建築の会社を経営し昭和二十四年頃当時商工政務次官であつた被告の旧友である東井養市郎の紹介で被告の面識を得たものであるが、昭和二十七年に至り右経営をやめて上京し多少の遊金を信用ある会社に融資して利殖をはからんとし、被告にその希望を申出てあつたところ、同年七月十日頃被告から栗栖の紹介で原告会社が借入の希望あることを伝えられ、同月十六日被告方に行つたことが認められる。

三、成立に争のない甲第一、第三号証及び証人大野、香山、田中の各証言によれば、昭和二十七年七月十六日前記のように被告方に香山、田中、村田の三名が落合つたので、被告から村田を香山、田中に紹介した上融資の交渉に入つたが、村田は現金を持参していないので、香山、田中等は未知の村田に高額の手形を交付すること危ぶみ現金又は銀行保証の小切手の交付を要求し、村田は手形を預つた上取引銀行でこれを現金化し翌日持参する旨主張し、双方共その主張を譲らないため交渉は決裂しようとしたところ、被告からの申出により、被告からは原告あての手形預証(甲第一号証)、村田からは手形による融資条件の大綱を記載した原告あての念書(甲第三号証)を差入れ、被告は重ねてこれに立会人名義で署名捺印し、翌十七日被告方で銀行保証の小切手を香山、田中に交付することと決し、右両名は村田の申出により前記手形六通の受取人欄に「葵建設工業株式会社」と記載して村田に交付したことが認められる。

四、以上認定したように、香山、田中等原告会社の係員は栗栖の指示により被告方で直ちに現金化されるものと信じて多額の約束手形を被告方に持参したところ、予期に反して先ず手形の交付を求められたことでもあり、しかも村田は全く未知の人でその資力、信用等についても何等知るところがなかつたので、村田の要求を拒否して商談決裂も辞せぬ態度をとつたことも当然のことというべきであつて、香山、田中等をして同日手形を交付することに同意せしめたのは一に被告がみずから預書を差入れ且つ村田の念書に連署したからに外ならぬことはいうまでもないところである。すなわち、香山、田中等と栗栖との打合せにおいては被告方において即時手形割引による消費貸借が成立する予定であつたところ、前述のような経緯から、村田があらかじめ手形を預り翌日現金又は銀行保証の小切手を交付することに変更されその約定を確実に実行する趣旨において村田から念書を差入れると同時に、香山、田中等においてその社会的地位、経歴に基き村田より一層信頼し得る被告をして「立会人」名義で連署せしめたのみならず、別に被告直接の預証を作成せしめ、もつて右手形割引の実行につき被告みずからも責任を負うことを明かにしたものと認むべきであつて、被告は香山、田中等に対し村田の履行のみならずその人物をも保証する趣旨でみずからも原告のための手形割引による金員借受の事務を受任したものと解するを相当とする。すなわち被告は村田と相並んで右手形割引事務につき委任を受け承諾したものというべきである。被告は、右金銭借受事務の委任は原告会社と村田との間に成立し被告は単なる立会人にすぎず、仮に一旦被告が受任したとしても原告会社と村田との間に直接の契約が締結せられたことにより責任を解除せられたと主張するが、被告の前記のような斡旋及び預証の差入がなかつたならば、原告会社と村田との間の契約は成立しなかつたはずであるから、被告は単なる立会人たる地位にあるものとはいえないし、又村田との契約が成立し甲第三号証が作成せられたのも被告において何等かの責任を負うことが約束せられたればこそであるから、右契約の成立それ自体が被告の責任を解除したとは到底いえない。而して被告が原告、村田間の手形割引につき双方から何等の報酬謝礼を受ける約束がなかつたことは被告本人訊問の結果により認められるが、かかる事実は何等以上の判断を左右するものではない。

五、証人香山俊、田中静一、鳥居波平の各証言及び被告人訊問の結果によれば、村田徳治は前記約束手形六通を持帰つたに拘らず協定の日たる七月十七日は勿論その後も遂に金銭又は小切手を持参せず、これに不安を感じた香山、田中等は百方探索して手形の所在を突きとめ、この種の手形の回収に堪能な鳥居波平にその回収方を依頼すると共に、村田をその住居又は立廻り先に訪れてその責任を追求したが、村田は遂にこれを回収することができず、七月二十六日鳥居の手により手形六通の回収見込が確実となつたので、香山、田中等は被告に立会を求めたが、被告不在のため遂にその立会なくして鳥居から手形全部の返還を受け、これと引換に鳥居に対し手形回収の実費及び報酬として金百四十万円を交付し借用証名義でその受取証書(甲第五号証)を受取つたことが認められる。

六、被告は村田の選任に過失なく、右の如き事故の発生は夢想だもしなかつたと主張するが、被告と村田との知合関係は前認定のように単に一片の面識あるに過ぎず、村田の資力、信用等について被告はほとんど知識を持たず、且つ村田が金三千万円という多額の手形をみずから割引き又は第三者をして割引かせるだけの資力と信用とを持つていたか否について十分な調査をした形跡もない。而して一方証人鳥居波平の証言によれば、村田は前記手形六通を受取るや直ちにその割引方について鳥居の援助を求めた程であり、七月十八日までには全部信用不確実な金融ブローカーの手に渡つてしまつたことが認められ、村田に何がしかの手形割引をなし得るだけの資力すらなかつたことを推測するに十分である。この点につき証人村田徳治は、当時遊金千五百万円を有し且つ別に知人を通じ同額の融資が確実であつたと証言するが、これらの資金による割引ができなかつた理由として述べるところは全く信用し得ないものであり又前記手形六通は割引依頼のために訴外宮本隆三に預けたと供述するが、その依頼の相手方たるべき人の氏名も住所も知らずといい、しかも右依頼には不必要な裏書を施して手形六通全部を交付している(甲第二号証の一乃至六参照)こと等からみて、手形の占有を失つた経過に関する村田の証言はいささかの信用も措き難く、同人は単なる手形ブローカーと相距ること遠からぬ実力しか持つていなかつたと断定して差支えない。

かかる人物について何等の調査もせず、一片の面識を縁故として融資斡旋方を依頼されるや直ちにこれに応じて借受希望者を求め、融資金額の多寡及び村田の割引能力の有無につき何等考慮を払うことなく両者間を斡旋し、原告会社の係員が村田の信用を危惧して借入を躊躇した際進んで手形の交付を慫慂し又はみずから預証を差入れて手形授受の実現に資する等、村田の資力、信用を深く考慮することなく唯手形割引契約の成立のみに専念したことは軽卒のそしりを免れず、結局被告の手形割引による金銭借用の相手方もしくはその受任者として村田徳治を選定したことにつき過失の責を負うべきものといわざるを得ない。

七、ところで原告会社は村田徳治が前記手形の割引を実行せず且つ斡旋せずしてその占有を失い、手形が転々して善意の第三者の手中に入つて甚大な損害を蒙るおそれを生じたために、鳥居波平に依頼して急速にこれが回収をはかり、その実費及び報酬として金百四十万円を鳥居に支払つたことは前認定のとおりであるが、前顕甲第五号証には鳥居波平が関係者代表なる肩書を附し右金員を原告会社から借用し、六ヶ月以内に村田徳治をして支払わしめる旨の記載がある。然しながら右鳥居、大野、香山等の証言によれば、借用金名義としたのは一つには原告会社の経理上帳簿整理のため仮払金とする必要があつたためであり、一つには村田をして手形紛失の責任を負わしめ右金員の一部なりとも弁償せしめようという意図に出でたものに外ならず、その実質は鳥居に対する実費及び報酬の支払をしたものであつて、原告会社は後はこれを不良貸付として銷却していることが認められる。而して村田が本件手形紛失の責任者としてこれによつて生じた損害を賠償する義務を負担していることが、被告の原告会社に対する責任を消滅させるものでないことは多言を要しないところである。

八、被告は右出費は被告の委任事務処理と因果関係がないと主張するが、その根拠とするところは、被告がすでに事務処理につき免責され村田との直接の契約となつていること及び委任事務の処理につき過失がないことにあるにすぎないから、右主張は上来説示したところに照し失当であること勿論である。而して本件におけるが如く金額三千万円に上る多額の手形が市中ブローカーの手に渡り善意の第三者がこれを取得するおそれを生じ、あるいは手形所持人から原告会社に対し手形上の権利者と称してその請求をした場合に、原告会社においてこれに対応して自己の権利を擁護し紛争を解決して手形を回収するには少なからざる費用と労力とを要したであろうことは明白であり、かかる紛争と不測の損害をさけるため急速にその回収に努力し、その費用として金百四十万円を支払つたことは適切な方法であり且つその金額においても決して不当に高額なものとはいい難い。従つて右金員の支払につき何等被告に相談するところがなかつたとしても、金額の点において被告の責任を軽減する事由とはならない。

九、以上認定したところを要約すれば、被告は訴外村田徳治が原告会社の約束手形六通合計金三千万円の割引による金銭貸付又は貸付斡旋を受諾するにあたり村田の人物、資力、村田による融資の実現を保証し、村田をして本件手形の割引事務をなさしめることにつきみずから原告会社に対し責任を負うことを約したものであるところ、右事務の処理につき村田を選定周斡したことにつき過失があつたため、村田は約に反し右手形割引を実行せずして手形の占有を失い原告会社に多大の損害を蒙らしめる危険を生じた結果、原告はやむなく自己の手により手形を回収しその費用として金百四十万円を支出することを余儀なくせられたものであつて、被告は村田と相並んで同人の事務処理上の過失に因り原告会社に生じた損害の賠償として右金百四十万円を支払う義務があるものというべきである。

よつて右金百四十万円及び訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二十八年五月五日以降右金員完済までの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾)

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